SnowManが創り出す未来を私は見れない

 唐突だが、ジャニーズJr.のグループ「SnowMan」について私が今感じていること、思っていることを書きたいと思う。

 

 正直Twitterでつぶやいてろよと言われてもいいくらい内容はない。
自分がいつSnowManの活動に私なりの疑問を抱いて、わたしなりに冷めていっているか、ただそれだけがつらつらと書き記されている。今よく話題に上がる「担降りとは」「アイドルとは」というネタを自分のいいようにしか解釈していない記事である。私は自分のことしか考えていない。どんな友達に話しても「ふ~ん」で終わる話だ。だからこれ以上読みたくないって思った人はここで閉じてほしい。

 

 私は自分のこの思いを心の中に閉まっておくことはできなかった。こんな意見持ってる人もいるよって誰かに気づいてほしかった。自己の承認欲求のままに書いている。これを載せたいがためにはてなブログに登録し、書き方もわからずただつらつらと文字を打っている。そして二週間ほどかけて気持ちを文字にしてみたのに案外文字数いかなくて、自分の語彙力の無さに絶望している。

 

 ここにこうやって自分の気持ちの変化をまとめることで、わたしはSnowManを好きなままSnowManから離れていきたい。

 

 9月3日~28日まで日生劇場にてジャニーズJr.の主演舞台が行われていた。
「少年たち 世界の夢が・・・戦争を知らない子供達」SixTONESとSnowManの初主演舞台だ。

 彼らSnowManの仕事はここ数年、年間スケジュールがほぼ決まっていた。
春、滝沢歌舞伎。クリエ。秋、DREAMBOYS。ABC座。冬、ジャニーズワールド。その合間に先輩Gのコンサートについたり、ジャニーズJr.のイベントにでたり。
ジャニーズの舞台はチケット発売時には主演キャストしかわからない。幕が開いた初日、もしくはゲネプロで、バックについているジャニーズJr.の確定情報がわかる。年間スケジュールがほぼ決まっていたSnowManは、上記の舞台が発表されれば最低の現場は確定できた。(社会人としては年間の休暇を取る予定が立てやすく、彼らの現場に合わせやすかった。)

 だから、初主演舞台があったこの秋は彼らにとってもヲタクにとっても大きな転機であった。その波はここ1年で少しずつきていたように私は感じる。

 

 少し前の話になる。
2012年、滝沢秀明のソロコンサートについた。その最終公演「Jr.のトップになりなさい」そう言われていた。翌2013年の滝沢歌舞伎千秋楽。SnowManは座長の滝沢秀明に自分たちの今の思いを手紙にして送った。翌2014年、これまた千秋楽に今度は座長の滝沢秀明から1年越しの返事の手紙をもらっていた。

 彼らの意識はこのあたりから少しずつ変わっていたように思う。それは私にもわかるような意識の変化であり彼ら本人たちはもっと前からずっと悩んでいるのだろうけど。それと同時期、シアタークリエでの単独公演を3年連続おこなっていた。今年がそのクリエでの単独公演3年目。5月下旬。

 初日を見たとき、私の中で彼らに対する熱い気持ちがフッと冷めた。
彼らはいつ、どこでも期待以上のものを見せてくれていた。でも今年のクリエだけは期待に応えてくれた「だけ」に私は感じてしまったのだ。

 ここ1年でSnowManのファンがかなり増えたと思う。そんなファンに「僕たちがSnowManです」って紹介するならその内容でもよかったかもしれない。年末年始からほぼ休みなく舞台や仕事があったのだろう。クリエ直前まで滝沢歌舞伎に出演して、その合間をぬってクリエの構成を考えたのだろう。その苦労は私には計り知れない。でも見えないところでどんなに苦しい思いをしていても、見えるところではキラキラの笑顔と幸せな空間を作り出してくれるアイドル。私はそんな彼らに期待しすぎたのかもしれない。でも私はショックだったのだ。ああ、SnowManってこんなもんだったか…。さみしくなった。そしてこのクリエで満足しているファン、そして「デビューしてほしい」と定期的に言うファンが苦手になった。(勝手に嫌いになっとけよって話だけどそれを言ったらこの記事の元も子もない)

 

 SnowManだけでなく、さまざまな舞台で先輩を支えているJr.たちがメインでクリエ公演をおこなった。彼らの熱量、「もっとできます、やらせてください」っていう空気感がそこにはあった。SnowManは見学にも行っていたようだ。仲間でありライバルの公演をどんな気持ちで見ていたのだろう。どうして彼らの公演を見学していて、自分たちの公演はそのレベルだったの?そう思ってしまう。「デビューしなくてもいい、とにかく僕たちのファンに会いに行きたい、この会場に来れなかった全国のファンに、この公演が当たらなかったファンに、僕たちのこの姿をもっと見せる機会をください。」ライバルたちの切実な思いを感じ取ることはなかったのだろうか。自分たちがライバルより恵まれている立場にいる油断なのだろうか。大きな会場でやりたくてもできない大人の事情はたくさんあるだろう。それで叶わなかったことが今までたくさんあったのだろう。私というかファンには全くわからない苦痛。でも憶測しかできないファンにはそんな姿を見せてほしくない。SnowManの全力が私は見たかった。

 

 最近SnowManはテレビ誌や週刊誌にグループとして載る機会がかなり増えている。そのたび彼らはインタビューで今の状況について自分たちの気持ちを話していた。
「このままではいけない」
「年間スケジュールを崩したい」

そして、「デビューしたい」

 

 「デビューしたい」「でも今のままじゃダメなんだ」答えの見つからない思いを誌面でよく読んだ。「デビュー」がゴールじゃない。スタートでもない。それは彼らもわかっている。
 でも口ではそう言いながら、最近のSnowManは「デビュー」というゴールを目指しているように感じてしまう。「早くデビューして」滝沢秀明にそう言われているからであろうか。最近ことあるごとに「デビュー」(とは明確に言わなくてもそれとなくデビューと感じ取れるような発言)を口にしている気がする。

   正直あのクリエのステージに立った彼らを見てデビューなんて到底できないと思っていた。そしてその気持ちは、少年たちを観たいまも変わらない。しかし本人たち、そして彼らのファンも「デビュー」がそろそろくるかも思っていることに疑問を抱く。

 そこまでこだわって「デビュー」するメリットとはなんだろう。本人たちにとっては給与、知名度、メディア露出、さまざまな新しいことが待っている。でもある程度ヲタクをやっている身からすると、デビューすることで今までの先輩舞台でのバック仕事はなくなり、メディア露出が増えることにより現場数が減り、ファンの母数が増えることにより少し過激な行動をとり周囲に迷惑をかけるファンも増える。どうしても「デビュー」のメリットが見つからなくて苦しい。
 そう考えてしまう自分に、私はSnowManを「籠の鳥」にしておきたいのだろうかと自問自答する日々が続いた。
 彼らの夢を応援したい。彼らの活躍をずっと見ていたい。彼らの喜ぶ姿が見たい。でもそれは「デビュー」の先にあるのか…。
 わたしには明るい答えが見つけられなかった。そしてそんな現実がむかってくるのが怖い。デビューなんかしなくていい。いつかくるかもしれないその現実を受け入れられない自分が嫌になった。その時がいつくるのか、それともこないのかわからないけれど、彼らを見るともうそればかりが頭を占めてしまう。もう無理だ…と思った。

 

 この秋の舞台「少年たち」はその「デビュー」への大きな一歩だった。でもたった一歩にしかすぎないとわたしは思っていた。だってSixTONESのほうがデビューに近い気がするから。
 初めての1列目。前に誰もいない景色。プレッシャーに押しつぶされそうになり体調不良になったメンバーもいたようだ。わたしは一列目で輝くSnowManの姿を見るために仕事の都合がつく限り通った。これで最後、終わりだ、そう言い聞かせて何度も通ってしまっていた。終わったいま、「お疲れ様。」そう声をかけたいが、まだまだこれからが勝負だ、油断しないでねって言いたくなるのはなぜだろう。

 

「あと一歩まで俺たちは来てるよ」

 

 初主演舞台を終えた彼らは言う。その一歩がどれほどの一歩なのか。水たまりを飛び越えるくらい?岩山を登りきる最後の一歩?そして本当にあと一歩なのか。それは彼らにも私にもわからない。

 

 それでも彼らはいま、「デビュー」にむけての一歩を踏み出そうとしている。
 そしてわたしはいま、「ヲタ卒」へむけて一歩を踏み出す。

 

 彼らの今の熱い姿を、「あと一歩」と希望に満ち溢れているその姿を、ハッピーエンドとしてわたしのジャニヲタ人生の最後のページに飾りたいから。